(株)ボネキープ代表の園山千晶です。私とフランス/フランス語の”付き合い”を簡単に御紹介させていただきます。
私は、生まれは日本ですが、2歳から7歳までフランス、ポルトガル等ヨーロッパに滞在しました帰国子女のはしりです。当時はフランス人達に混じって結構大きな顔をしていたようですが、帰国後は、日本社会に溶け込むのに熱心な余り、フランス語を綺麗に忘れてしまいました。
中学の時、カンボジアで1年暮しました。フランス語ゼロの状態でフランス人学校に入れられ、大変でしたが言葉を覚えるには又とない環境でした。
フランスという国が如何に自国の言葉を自国民にも他国民にも区別なく熱心に教える国なのか感心しました。私もその恩恵に浴し素晴らしい先生に恵まれました。が言葉は使わないとすぐ錆び付きます。
その後、上智大学在学中にグルノーブル第3大学、パリソルボンヌ大学に留学しますが最初は講議に付いて行くのが精一杯、1対1なら何とかなっても、相手が複数になり、遠慮のないスピードになると、貝のように押し黙るしかありませんでした。自分が日本人である事をはっきり自覚したのも、他の国の人と対等に付き合うには言葉もさりながら、伝えるべきメッセージを持つ事、メッセージの伝え方を習得する事だと思い知らされたのもこの時です。そして日本について、何も説明できなかった事が本当に恥ずかしかった事を良く憶えています。
半年地方、半年パリでの生活でした。滞在が長くなるのに比例して「人は人、自分は自分、皆違って当たり前。人に合わせる必要はないし、自分がいいと思った事をするのに何の遠慮もいらない。その代り、誰のせいにもできない」という、パリの暮しは心地よく、永遠にはまってしまいそうでした。が現実には再び日本に戻り、「就職」をする事になりました。
学生時代から仕事はフランス語とフランス関係の知識を活かしたものをと思ってましたが、中々ありませんでした。試行錯誤の結果、色々な方のお力添えを得て自分の会社を持つ事になった訳です。
その後仕事を通じて頻繁にフランスに行くようになり、学生時代より遥かに沢山のフランス人と知り合い、実にフランスも色々だと実感しています。以前はパリにしか目が行かなかったのに地方の魅力にも開眼しました。自己主張が強く、いい加減な、とても人間的で幾つになっても男と女であり続けるフランス人達との付き合いにも大分慣れた様です。
フランスに育ててもらった、フランス大好き人間の一人として、フランスで暮したい、フランス語を勉強したいという方に是非いい体験をして、フランス大好きになっていただきたいと思っています。留学は何歳でしても、短い期間でも長い期間でも、必ず人を成長させ、多くの事を学ばせてくれると信じています。私もいつかまた行きたいと思ってスキを狙っています。